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2007.12.30
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                           ※ 現時点では 「青文字」 ボタンのものがアップ済みです。      
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イタリア旅行記-7/ベネチア観光-2    2007.10.26(金)
                                
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『上空から見たサン・マルコ広場』    

          △☆▽3−1 本土側 〜 本島サン・マルコ広場
                  ホテル → リベルタ橋 → ジューデッカ運河 → サン・マルコ運河 →
                  スキアヴォーニ河岸の船着場 → サン・マルコ広場方面へ海岸線を徒歩移動
          ▽3−2 サン・マルコ広場周辺
                  @溜め息橋    (Ponte dei Sospiri ポンテ デイ ソスピーリ)
                  Aサン・マルコ小広場 (Piazzetta San Marco ピアツェッタ サン マルコ)
                  Bドゥカーレ宮殿  (Palazzo Ducale パラッツォ ドゥカーレ)
                  Cサン・マルコ寺院 (Basillica di San Marco バジリカ ディ サン マルコ) 
                  Dサン・マルコ広場 (Piazza San Marco ピアッツァ サン マルコ)
          ☆3−3 ゴンドラ遊覧     (Gondole)
          ◎3−4 ベネチアンガラス工房 (Venetian glass)
          ▽3−5 リアルト橋      (Ponte di Rialto)
                         ※太字部が今回アップしたスポット
                         ◎入場観光 ◇下車観光 ☆乗船観光 △車窓観光 ▽徒歩観光
                         ※写真をクリックすると拡大画面が表示されます。??

3−2 サンマルコ広場周辺

@溜め息橋付近(ドゥカーレ宮殿東側)

スキアヴォーニの海岸沿いの大通りをサン・マルココ広場に向かって歩いて行くと、幾つかの運河とそれを跨ぐ橋に出会います。
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L:名前不詳の運河橋上にて撮ったもの。橋のたもとに赤いネオン文字のMETRO・・・、お店かな?
R:カナレッジョ運河に架かる「溜め息橋」。左の建物「ドゥカーレ宮殿(総督府)」内の裁判所と右側の「牢獄館」間を結ぶ空中橋。最終判決を受けて運河の向こう側の牢獄へ渡る囚人達が、橋の窓から街を見てこれが見納めなんだと、この世との別れを惜しんでここでため息をついたということから名付けられたとか(この牢獄に入ると生きては出られなかったとされていた)。
 
Aサン・マルコ小広場

小広場(ピアツェッタ)は運河に面した所から鐘楼迄の広場で、サンマルコ広場にL字型に繋がっている。
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L:小広場の少し手前(ドゥカーレ宮殿の南側面)付近から西西北方向を撮影。写真右側にドゥカーレ宮殿の南側面、中央奥に国立マルチャーナ図書館・新政庁舎、その間が小広場で、運河寄りの部分です。2本の円柱が建っている。
R:運河を背に北側を見ながら、ドゥカーレ宮殿前をサン・マルコ広場に向かっています。左の赤茶色が鐘楼の一部、右側はサン・マルコ寺院、真ん中正面奥に時計搭が見えるよ。

まだ、小雨が降ったり止んだり、何とか傘なしで歩いている。歩いていた時に写真左端路面の白線(これはリストンという迷路のような敷石の模様)付近に水溜まりがあるのを見たけれど、雨の所為だなと気にもとめずにいたが、サン・マルコ広場に入って見て分かったのだけれど、これは前回投稿の最後に触れた「アクアアルタ」が既に始まっているのだった。この写真を撮った2時間後に再度通りかかると、路面全体が冠水してしまっていた。その状態が下右の写真です。

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L:鐘楼。サン・マルコ広場東端のサン・マルコ寺院前にそびえる高さ96.8mの搭で、赤レンガの端正な姿が美しい。9世紀に創建されたが、20世紀初頭に突然崩落し1912年に再建されて現在に至っているそうなんだ。
屋上へはエレベーターで登ることができ、ベネチアの町全体や周辺の島々が一望にできるよ。
R:広場中央部で、やや西寄り付近から運河方向を撮す。正面奥の人行列の向こう側に見えるのが、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会だよ。
その手前に上左の写真と同じ石造りの2本の円柱が左右に並んでいる。右側円柱にはヴェネチア最初の守護聖人である「聖テオドロス像」、左側円柱に9世紀以降の守護聖人聖マルコの象徴とされる「有翼の獅子像」が載っている。
この写真と直ぐ上右の写真は、撮影方向が違うものの同じ小広場の中央部付近からとったものです。違うのは撮影時間がこちらの方が上より2時間10分遅く、頂度満潮時間帯になっていて「アクアアルタ」がピークとなり、辺り一面が冠水してしまった状態だよ。向こうの人行列は小広場が歩けないので、海岸通りにある仮設歩道を歩いている観光客の人達なんだ。
 
2007.12.17
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                           ※ 現時点では 「青文字」 ボタンのものがアップ済みです。      
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イタリア旅行記-6/ベネチア観光-1    2007.10.26(金) 

 『3日目の行程』
  ホテル ⇒ 世界遺産・ベネチア観光 ⇒ バス移動 225km ⇒ プラトー(フィレンツェ近郊)/宿泊

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     世界遺産・ベネチア観光の行程

     △☆▽3−1 本土側 〜 本島サン・マルコ小広場到着迄
             ホテル → リベルタ橋 → ジューデッカ運河 → サン・マルコ運河 →
             スキアヴォーニ河岸の船着場 → サン・マルコ広場方面へ海岸線を徒歩移動
     ▽3−2 サンマルコ広場周辺
           @溜め息橋    (Ponte dei Sospiri ポンテ デイ ソスピーリ)
           Aサン・マルコ小広場 (Piazzetta San Marco ピアツェッタ サン マルコ)
           Bドゥカーレ宮殿 (Palazzo Ducale パラッツォ ドゥカーレ)
           Cサン・マルコ寺院 (Basillica di San Marco バジリカ ディ サン マルコ) 
           Dサン・マルコ広場 (Piazza San Marco ピアッツァ サン マルコ)
     ☆3−3 ゴンドラ遊覧 (Gondole)
     ◎3−4 ベネチアンガラス工房 (Venetian glass)
     ▽3−5 リアルト橋 (Ponte di Rialto) & 市内散策

                    ※太字部が今回アップしたスポット
                    ◎入場観光 ◇下車観光 ☆乗船観光 △車窓観光 ▽徒歩観光
                    ※写真をクリックすると拡大画面が表示されます。??

 ベネチアはアドリア海のベネチア湾沖合にある「ラグーナ(Laguna)」の上に築かれた海上都市です。
5世紀頃この地方でも民族間の争いがあったようで、異民族の侵攻を避けるために本土の人々がアドリア海のラグーナという潟に移り住んで、人工の街を築いたのがベネチアの歴史の始まりなんです。
何時だったかNHKテレビで、ベネチアの街を支えているのは、なんと「木の杭」だと放映していました。5世紀の当時、人々は湿地帯の様な干潟にカラマツの木の杭を無数に打ち込み、その上に石造りの基礎と建物を組み上げて街を築いたそうです。
今回初めて現地を訪れて見ると、至る所で教会や鐘楼、ホテルなどの石造りで超重量級の建造物がめじろ押しに建っていました。それら人の目には見えない建造物の下にまさかの「木の杭」が打ち込まれていることや、それが1000数百年もの長い間腐らずに今なおベネチアの街を支え続けていることが全く信じられない!と驚くと共に、人間の知恵や技術力は凄いものだなと感動すら覚えるほどでした。

中世に入り、ベネチアは地中海の東西を結ぶ交易の中心地として栄え、都市国家共和国として繁栄してきた。街は118の小島が150の運河と400もの橋で縦横に結ばれた「水の都」であり、その美しさから「アドリア海の女王」と称えられています!

ベネチア本島に入るには鉄道でサンタ・ルチア駅迄、車では島の入り口のローマ広場迄しか入れなく、島内へ車の乗り入れが禁止されているので、街中の移動は運河で(ヴァポレットと呼ぶ水上バスや水上タクシーなど)に乗るか徒歩しか手段がないのです。反面、街中は車がいなくて静かな上に、道路は小道が多く迷路みたいに巡っていて、至る所に歴史的な建物もあり情緒のある佇まいを魅せています。

〔参考〕ラグーナとは;
海の湾や河口付近などの浅い海の一部が砂州により外の海と隔てられて湖沼のようになった所で、海と遮断された沼だったり、ベネチアのような潮の干満によって島が現れたり沈んだりを繰り返す干潟だったりします。ラテン語のラグナ(Luguna)が語源だそうで、英語ではラグーン(lagoon:潟)がほぼ同意語になります。

※VENEZIAの日本語表記について;
ヴェネチア、ヴェネツィア、ヴェネティア、ヴェネスィア、ベネティア、ベネチア、英語からきたヴェニス、ベニス・・・・Etc。当旅行記では「ベネチア」表記で記載していきます。

  
3−1 本土側 〜 本島サン・マルコ小広場到着まで

昨朝に続き今朝も、あいにくの小雨が降っていた。ホテルからバスで出発し、ベネチア本島へ渡るリベルタ橋の上では大降りの雨だった。本島西端の港から乗船した頃もその雨は続いていたよ(--,)グスン...

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L:本島西端の港で40人乗りくらいの船に乗り換えサン・マルコ運河に向かう。ジューデッカ運河の中程あたりに差しかかった頃から雨が小降りになりはじめ、陸地の建物や行き交う船影が見えだした。
R:曇り窓を拭き拭きしながら外を見ていたら鐘楼がぼんやりと見えたが...。乗船中は雨でそれとは気付かなかったけれど、旅行から帰ってから写真をレタッチして明るくしてみるとサン・マルコ広場の鐘楼と、右側にドゥカーレ宮殿やサン・マルコ寺院、手前に国立マルチャーナ図書館が写っていた。
海抜0mに近い地域にある建物なので、海上から見るとあたかも建物が水面上に浮かんでいるように見える。

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スキアヴォーニ河岸の船着場で下船。幸い雨がほとんど止んできた。ここから西にあるドゥカーレ宮殿前までは運河沿いの広い通りで、水上バス・タクシーの船着場やゴンドラの係留場があり、陸側には高級ホテルが並んでいて、ベネチアの海の玄関口と言える所です。
L:運河の向こう遠くに見えるのは「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会」。現在、クーポラ(丸屋根)は修理中で足場が架かっていた。  R:前方遠くにはサン・マルコ広場の鐘楼が見える。

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移動途中、運河対岸の小島に建つ「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」が見えます。16世紀に建設されたルネッサンス様式の教会で、水面に浮かぶような美しさから「水辺の貴婦人」と称されるきれいな教会だよ。
L:真北からみた教会の側面   R:北西の斜め方向から見た教会の正面。
鐘楼はサンマルコ広場の鐘楼とよく似ていますが、こちらのは小さい。手前はゴンドラ乗り場。

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L:サン・マルコ運河に繋がる運河の一つ。写真を撮る時にカメラが傾いていたのではなく、遠くに見える教会の鐘楼の方が地盤沈下で傾いているのです。ピサの斜塔とは違って、ベネチアのような地盤の軟弱な所で起こるのは不思議でもないですね。
R:サンマルコ小広場前の運河に係留中のゴンドラを撮りました。写真の手前をよ〜く見て下さい。撮影した時には、ここは海抜0m地帯になっていま〜〜す。後で分かったのですが、ここより内陸で既にマイナス海抜になっているところもありましたよ。
この日は運悪く?ベネチアの初冬から春にかけての風物詩となってしまった「アクア・アルタ」が発生し始めていました(風物詩と言ってる場合じゃないのですが)。この件に関しては改めてアップの予定。
2007.12.04
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◆イタリア旅行記-5/世界遺産「ベローナ」散策     2007.10.25(木)
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   ベローナ散策の行程

    ◇2−6 街中散策・エルベ広場(Piazza delle Erbe) 

    ◇2−7 ジュリエットの家(Casa di Giulietta) 

    ◇2−8 シニョーリ広場(Piazza dei Signori)

    ◇2−9 アレーナ・ブラ広場(Arena,Piazza Bra')
    
      ◎入場観光 ◇下車観光 ☆乗船観光 △車窓観光
      ※写真をクリックすると拡大画面が表示されます。??

ベローナはアディジェ川と城壁に囲まれた落ち着いた雰囲気のある街で、古代ローマ時代から中世にかけて栄え、街のいたるところに遺跡が残っている古都です。
ゲーテ、ジョット、ダンテ、シェクスピアなどに愛され、旅行者のあこがれの地でもあったようで、それらの人々の文化的足跡も残されているようです。
また、ベローナはシェークスピアの名作戯曲「ロミオとジュリエット」の舞台になった所としても有名ですよ!

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広い通りや狭い通りなど、何れも落ち着いた雰囲気の街でした。通りの下や建物の間にも歴史遺産が保護されていました。

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L:ランベルティ塔の遠望      R:「エルベ広場」、古代ローマ時代には裁判や集会などを行った公共広場だった。現在も野菜・果物・花などの市場があり賑わっている。
広場を囲む建物は中世からルネッサンス期にかけて建てられた豪壮な館などで、外壁に16世紀のフレスコ画が書かれていたり、地下には歴史的な遺跡が眠っているそうだよ。

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「ジュリエットの家」:シェクスピアの「ロミオとジュリエット」はベローナでの実話を元にしたといわれ、悲恋の舞台のモデルとなったカプレーティ家の建物がジュリエットの家として公開されています。中庭の建物壁にはロミオが登ったという蔦が沢山からまっていたし、カップルや若者向けに落書き専用のボードが2ヶ所に設置され、びっしりと書き込みされていた。

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L:中庭にはいると「ジュリエットの像」があり、右胸に触れると幸せになれるとか・・・。で、見た目には(私には触れることが出来ませんでした^^)右胸はツルツルになっていましたよ!、
中庭右壁にロミオとジュリエットが愛を語り合ったという小さなバルコニーがあった。「オ〜、ロミオ!」....

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シニョーリ広場。写真中央に建っている白っぽい像が文豪ダンテの像。周りはコンシリオの回廊、スカラ家の館、市庁舎などに囲まれている。
ダンテは1300年ころフィレンツェから追放された後、スカラ家(デッラ・スカラ家:毛織物生産で財を成し、13〜14世紀頃のべローナの領主)の賓客としてベローナに滞在し、「神曲」の天国編を執筆したそうだよ。

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L:市庁舎の付属建物ランベルティの塔(高さ84m。登れるそうで、旧市街が一望に見下ろせる)  R:物思いにふけるシニョーリ広場のダンテの像

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「ブラ広場」に面して円弧の様にバール、カフェ、レストランや衣類、雑貨などの店が並んでいる。

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紀元1世紀に立てられたという「アレーナ(Arena:円形闘技場)」。最外周の壁は崩落して一部しか残っていないけれど、内側2層は2000年を経た現在もそのまま残っている。40数段の階段があり22000人の観客を収容出来る。今でもシーズン(夏場の3ヶ月間)には毎日、野外オペラやバレー・演劇などが上演されています。マリア・カラスのオペラ・デビューの地。 右奥に市庁舎。

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L:アレーナ遠望   R:ベローナの街を囲む城壁。ブラ広場〜城壁の散策は黄昏の時間帯になってしまった。

 
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