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◆イタリア旅行記-6/ベネチア観光-1 2007.10.26(金)
『3日目の行程』
ホテル ⇒ 世界遺産・ベネチア観光 ⇒ バス移動 225km ⇒ プラトー(フィレンツェ近郊)/宿泊


世界遺産・ベネチア観光の行程
△☆▽3−1 本土側 〜 本島サン・マルコ小広場到着迄
ホテル → リベルタ橋 → ジューデッカ運河 → サン・マルコ運河 →
スキアヴォーニ河岸の船着場 → サン・マルコ広場方面へ海岸線を徒歩移動
▽3−2 サンマルコ広場周辺
@溜め息橋 (Ponte dei Sospiri ポンテ デイ ソスピーリ)
Aサン・マルコ小広場 (Piazzetta San Marco ピアツェッタ サン マルコ)
Bドゥカーレ宮殿 (Palazzo Ducale パラッツォ ドゥカーレ)
Cサン・マルコ寺院 (Basillica di San Marco バジリカ ディ サン マルコ)
Dサン・マルコ広場 (Piazza San Marco ピアッツァ サン マルコ)
☆3−3 ゴンドラ遊覧 (Gondole)
◎3−4 ベネチアンガラス工房 (Venetian glass)
▽3−5 リアルト橋 (Ponte di Rialto) & 市内散策
※太字部が今回アップしたスポット
◎入場観光 ◇下車観光 ☆乗船観光 △車窓観光 ▽徒歩観光
※写真をクリックすると拡大画面が表示されます。
ベネチアはアドリア海のベネチア湾沖合にある「ラグーナ(Laguna)」の上に築かれた海上都市です。
5世紀頃この地方でも民族間の争いがあったようで、異民族の侵攻を避けるために本土の人々がアドリア海のラグーナという潟に移り住んで、人工の街を築いたのがベネチアの歴史の始まりなんです。
何時だったかNHKテレビで、ベネチアの街を支えているのは、なんと「木の杭」だと放映していました。5世紀の当時、人々は湿地帯の様な干潟にカラマツの木の杭を無数に打ち込み、その上に石造りの基礎と建物を組み上げて街を築いたそうです。
今回初めて現地を訪れて見ると、至る所で教会や鐘楼、ホテルなどの石造りで超重量級の建造物がめじろ押しに建っていました。それら人の目には見えない建造物の下にまさかの「木の杭」が打ち込まれていることや、それが1000数百年もの長い間腐らずに今なおベネチアの街を支え続けていることが全く信じられない!と驚くと共に、人間の知恵や技術力は凄いものだなと感動すら覚えるほどでした。
中世に入り、ベネチアは地中海の東西を結ぶ交易の中心地として栄え、都市国家共和国として繁栄してきた。街は118の小島が150の運河と400もの橋で縦横に結ばれた「水の都」であり、その美しさから「アドリア海の女王」と称えられています!
ベネチア本島に入るには鉄道でサンタ・ルチア駅迄、車では島の入り口のローマ広場迄しか入れなく、島内へ車の乗り入れが禁止されているので、街中の移動は運河で船(ヴァポレットと呼ぶ水上バスや水上タクシーなど)に乗るか徒歩しか手段がないのです。反面、街中は車がいなくて静かな上に、道路は小道が多く迷路みたいに巡っていて、至る所に歴史的な建物もあり情緒のある佇まいを魅せています。
〔参考〕ラグーナとは;
海の湾や河口付近などの浅い海の一部が砂州により外の海と隔てられて湖沼のようになった所で、海と遮断された沼だったり、ベネチアのような潮の干満によって島が現れたり沈んだりを繰り返す干潟だったりします。ラテン語のラグナ(Luguna)が語源だそうで、英語ではラグーン(lagoon:潟)がほぼ同意語になります。
※VENEZIAの日本語表記について;
ヴェネチア、ヴェネツィア、ヴェネティア、ヴェネスィア、ベネティア、ベネチア、英語からきたヴェニス、ベニス・・・・Etc。当旅行記では「ベネチア」表記で記載していきます。
3−1 本土側 〜 本島サン・マルコ小広場到着まで
昨朝に続き今朝も、あいにくの小雨が降っていた。ホテルからバスで出発し、ベネチア本島へ渡るリベルタ橋の上では大降りの雨だった。本島西端の港から乗船した頃もその雨は続いていたよ(--,)グスン...
L:本島西端の港で40人乗りくらいの船に乗り換えサン・マルコ運河に向かう。ジューデッカ運河の中程あたりに差しかかった頃から雨が小降りになりはじめ、陸地の建物や行き交う船影が見えだした。
R:曇り窓を拭き拭きしながら外を見ていたら鐘楼がぼんやりと見えたが...。乗船中は雨でそれとは気付かなかったけれど、旅行から帰ってから写真をレタッチして明るくしてみるとサン・マルコ広場の鐘楼と、右側にドゥカーレ宮殿やサン・マルコ寺院、手前に国立マルチャーナ図書館が写っていた。
海抜0mに近い地域にある建物なので、海上から見るとあたかも建物が水面上に浮かんでいるように見える。
スキアヴォーニ河岸の船着場で下船。幸い雨がほとんど止んできた。ここから西にあるドゥカーレ宮殿前までは運河沿いの広い通りで、水上バス・タクシーの船着場やゴンドラの係留場があり、陸側には高級ホテルが並んでいて、ベネチアの海の玄関口と言える所です。
L:運河の向こう遠くに見えるのは「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会」。現在、クーポラ(丸屋根)は修理中で足場が架かっていた。 R:前方遠くにはサン・マルコ広場の鐘楼が見える。
移動途中、運河対岸の小島に建つ「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」が見えます。16世紀に建設されたルネッサンス様式の教会で、水面に浮かぶような美しさから「水辺の貴婦人」と称されるきれいな教会だよ。
L:真北からみた教会の側面 R:北西の斜め方向から見た教会の正面。
鐘楼はサンマルコ広場の鐘楼とよく似ていますが、こちらのは小さい。手前はゴンドラ乗り場。
L:サン・マルコ運河に繋がる運河の一つ。写真を撮る時にカメラが傾いていたのではなく、遠くに見える教会の鐘楼の方が地盤沈下で傾いているのです。ピサの斜塔とは違って、ベネチアのような地盤の軟弱な所で起こるのは不思議でもないですね。
R:サンマルコ小広場前の運河に係留中のゴンドラを撮りました。写真の手前をよ〜く見て下さい。撮影した時には、ここは海抜0m地帯になっていま〜〜す。後で分かったのですが、ここより内陸で既にマイナス海抜になっているところもありましたよ。
この日は運悪く?ベネチアの初冬から春にかけての風物詩となってしまった「アクア・アルタ」が発生し始めていました(風物詩と言ってる場合じゃないのですが)。この件に関しては改めてアップの予定。



