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◆イタリア旅行記-7/ベネチア観光-2 2007.10.26(金)

『上空から見たサン・マルコ広場』
△☆▽3−1 本土側 〜 本島サン・マルコ広場
ホテル → リベルタ橋 → ジューデッカ運河 → サン・マルコ運河 →
スキアヴォーニ河岸の船着場 → サン・マルコ広場方面へ海岸線を徒歩移動
▽3−2 サン・マルコ広場周辺
@溜め息橋 (Ponte dei Sospiri ポンテ デイ ソスピーリ)
Aサン・マルコ小広場 (Piazzetta San Marco ピアツェッタ サン マルコ)
Bドゥカーレ宮殿 (Palazzo Ducale パラッツォ ドゥカーレ)
Cサン・マルコ寺院 (Basillica di San Marco バジリカ ディ サン マルコ)
Dサン・マルコ広場 (Piazza San Marco ピアッツァ サン マルコ)
☆3−3 ゴンドラ遊覧 (Gondole)
◎3−4 ベネチアンガラス工房 (Venetian glass)
▽3−5 リアルト橋 (Ponte di Rialto)
※太字部が今回アップしたスポット
◎入場観光 ◇下車観光 ☆乗船観光 △車窓観光 ▽徒歩観光
※写真をクリックすると拡大画面が表示されます。
3−2 サンマルコ広場周辺
@溜め息橋付近(ドゥカーレ宮殿東側)
スキアヴォーニの海岸沿いの大通りをサン・マルココ広場に向かって歩いて行くと、幾つかの運河とそれを跨ぐ橋に出会います。
L:名前不詳の運河橋上にて撮ったもの。橋のたもとに赤いネオン文字のMETRO・・・、お店かな?
R:カナレッジョ運河に架かる「溜め息橋」。左の建物「ドゥカーレ宮殿(総督府)」内の裁判所と右側の「牢獄館」間を結ぶ空中橋。最終判決を受けて運河の向こう側の牢獄へ渡る囚人達が、橋の窓から街を見てこれが見納めなんだと、この世との別れを惜しんでここでため息をついたということから名付けられたとか(この牢獄に入ると生きては出られなかったとされていた)。
Aサン・マルコ小広場
小広場(ピアツェッタ)は運河に面した所から鐘楼迄の広場で、サンマルコ広場にL字型に繋がっている。
L:小広場の少し手前(ドゥカーレ宮殿の南側面)付近から西西北方向を撮影。写真右側にドゥカーレ宮殿の南側面、中央奥に国立マルチャーナ図書館・新政庁舎、その間が小広場で、運河寄りの部分です。2本の円柱が建っている。
R:運河を背に北側を見ながら、ドゥカーレ宮殿前をサン・マルコ広場に向かっています。左の赤茶色が鐘楼の一部、右側はサン・マルコ寺院、真ん中正面奥に時計搭が見えるよ。
まだ、小雨が降ったり止んだり、何とか傘なしで歩いている。歩いていた時に写真左端路面の白線(これはリストンという迷路のような敷石の模様)付近に水溜まりがあるのを見たけれど、雨の所為だなと気にもとめずにいたが、サン・マルコ広場に入って見て分かったのだけれど、これは前回投稿の最後に触れた「アクアアルタ」が既に始まっているのだった。この写真を撮った2時間後に再度通りかかると、路面全体が冠水してしまっていた。その状態が下右の写真です。
L:鐘楼。サン・マルコ広場東端のサン・マルコ寺院前にそびえる高さ96.8mの搭で、赤レンガの端正な姿が美しい。9世紀に創建されたが、20世紀初頭に突然崩落し1912年に再建されて現在に至っているそうなんだ。
屋上へはエレベーターで登ることができ、ベネチアの町全体や周辺の島々が一望にできるよ。
R:広場中央部で、やや西寄り付近から運河方向を撮す。正面奥の人行列の向こう側に見えるのが、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会だよ。
その手前に上左の写真と同じ石造りの2本の円柱が左右に並んでいる。右側円柱にはヴェネチア最初の守護聖人である「聖テオドロス像」、左側円柱に9世紀以降の守護聖人聖マルコの象徴とされる「有翼の獅子像」が載っている。
この写真と直ぐ上右の写真は、撮影方向が違うものの同じ小広場の中央部付近からとったものです。違うのは撮影時間がこちらの方が上より2時間10分遅く、頂度満潮時間帯になっていて「アクアアルタ」がピークとなり、辺り一面が冠水してしまった状態だよ。向こうの人行列は小広場が歩けないので、海岸通りにある仮設歩道を歩いている観光客の人達なんだ。
Bドゥカーレ宮殿
9世紀に建設されたドゥカーレ宮殿はベネチア共和国の総督府(政庁)として建てられ、大貿易国として世界の富を集めたベネチアを象徴する壮麗な建物だった。外装は白とピンクの大理石の縞模様で、建物各部にわたり繊細な装飾がされた独特の華やかさと幻想的なベネチアンゴシック様式の代表建築であると言われる。
宮殿は現在美術館になっていて、内部には様々な美術品が展示されているそうで、中でもベネチア派のティントレットの「天国」は7x22mの大きさで世界最大の油絵と言われるそうだ。
L:宮殿の正面(西向き)。アーチや列柱がたくさん並んでいる。壁面上部の円窓に四つ葉飾り。R:南面の装飾。円窓は親子の像や四つ葉装飾。屋上部に剣を持つ女性像が立っていたよ。
L:正面を南西方向から見る。左奥はサン・マルコ寺院南側面。
R:正面中央上部のアーチ上には有翼の獅子像。更にその上は剣を持つ女性像がある。
Cサン・マルコ寺院
ドゥカーレ宮殿の北側に元々小さな教会があった。9世紀に2人のベネチア商人がエジプトのアレキサンドリアで殉教した聖マルコ(「福音書」を書いた4使徒のうちの一人)の遺体を(盗んで)持ち帰った。それをベネチアの守護聖人として祀るために、総督が莫大な資金を提供して建てられた納骨堂がサン・マルコ寺院の始まりなんだ。
サン・マルコ寺院は中央に大クーポラ(丸屋根)、周りに4つの小クーポラがあり、それぞれはまた小さな丸い屋根を載せるビザンティン様式の教会建築をベースに建物は何度も改修され、その時代毎の様式が取り入れられて、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンスなどの各様式が入り混じった壮麗で独特な魅力を持っているそうなんだよ。
寺院の中は天井、壁、床がモザイクで飾られ、鈍い金色に輝いているんだ。建物は大きな寺院と言えど他と同じように杭の上に建てているので、地盤沈下の影響で床は真っ平らではなく波打っているようです。(ドゥカーレ宮殿の床も同じように波打っています)。
ベネチアのシンボル「サン・マルコ寺院」の正面上部。大理石の2階建で、二層五連(1F、2F共5つ)のアーチが特に目を引きます。どのアーチも金色のモザイクとゴシック様式の縁飾りで装飾されている。下層のアーチのモザイクは中央が「最後の審判」を描き、左右4つには聖マルコ移送の伝説を描いたものです。中央上部のアーチ上に立つのがサン・マルコ像なんだよ。
L:サン・マルコ広場西端の建物「ナポレオン翼」からみたサン・マルコ寺院正面。その前にあるサン・マルコ広場は撮影時には既にアクアアルタの浸水でほぼプール状態だった。写真左端に時計塔(天辺に鐘がある)、右端は鐘楼の一部。
R:サン・マルコ寺院前の仮設歩道。この辺りの地盤が一番低いようで浸水が激しい。
アーチ部のアップ写真。真ん中の写真のアーチがサン・マルコ広場西端から撮ったもので、サン・マルコ像の下にサン・マルコの象徴である黄金の「有翼の獅子像」が飾られている。翼を持つライオンは最強のものということから国家の威信を示し、前足で聖書を抱いているところは宗教を示しているように見えて、十字軍のイメージも象徴しているように見える。
この有翼の獅子像はベネチア市の紋章にもなっていて、街の中いたる所で見かけられるよ。壁、円柱、アーチ周りは色んな大理石が使われていた。
両側の写真は教会前の浸水時使用する仮設歩道から見上げながら撮った物で、それぞれにもモザイクが描かれています。また左の写真の中央にある上段のアーチの前には、13世紀ベネチアの十字軍がコンスタンチノ−ブルから戦利品として持ち帰った四頭の青銅馬(レプリカ)があった。
Dサン・マルコ広場
世界各国からの観光客は先ず最初にこの広場を目指してやって来るそうだよ。
いつもは無数の鳩が飛び交い、何百ものカフェテーブルが置かれて観光客達がくつろいだり、屋台の土産物屋がでている筈なのに、この日は雨とアクアアルタの影響で広場には人影がほとんどなかった。
サン・マルコ寺院の前にあるこの広場は、周りの建物が大理石の柱廊で囲まれていて、寺院側から見ると台形で視覚的に奥行きが長く、全体が広く見える効果を狙った設計がされているそうなんだ。
ナポレオンがここに侵攻して来た際、この広場は「世界で最も美しい広場(広間)」だと言ったそうなんだ。
D-1 時間帯= 9時40分 前後 : 既に「アクアアルタ(高潮)」が始まっていた。
サン・マルコ小広場から初めてこちらの広場に来た時の様子。この状態を見ると明らかに雨による冠水でないのが分かった。
これはベネチアの初冬から春にかけてよく発生する「アクアアルタ(高潮)」だったのだ。凄い時には1mを越える深さまで水没してしまうことさえあるらしい。この時点では、満潮の1時間前で広場の両サイドは冠水して長靴がないと入れなくなっていた。
写真で見ると広場の左右に建物からテントみたいなのが広場に出っ張っている所があります。その部分の建物内に有名なカフェがあるんです。
左側が現存するヨーロッパ最古のカフェ、「カフェ・フローリアン」。1720年創業で、店内の内装は創業当時を思わせる壮麗さがあり、モネ、ワーグナー、ゲーテ、その他著名な人がよく訪れたようです。外のテラス席ではオーケストラバンドのクラシックが生演奏されるそうです。映画「旅情」でジェーン役のキャサリーン・ヘップバーンがお茶を飲むシーンに使われたカフェで雰囲気も素晴らしいそうです。Official Site: http://www.caffeflorian.com/
右側が「グラン・カフェ・クアドリ」で、こちらも1700年代にカフェとしてオープンして以来、現在までスタンダールやバイロンなど世界の著名人が訪れた由緒あるカフェ・レストラン。カフェ・フローリアンと並び、ヨーロッパ最古のカフェの一つで2階はレストラン。こちらでもテラス席でピアノやバイオリンの生演奏が開かれるそうです。
L:新政庁側東端の屋上には聖人彫像が載っかっていた。また、軒下にもいろんな彫刻が施されていた。
R:サン・マルコの広場と寺院の間にある仮設歩道。この通りは観光ポイントの中心の割に朝と雨のせいか人通りは少なめだった。アクアアルタは後数時間もすると潮が退いて行くので、普段通りの賑やかさに戻るらしい。
D-2 時間帯= 10時55分 前後 : アクアアルタがピークに。
上の状態から1時間が過ぎて、ほぼ満潮の時間帯に到達。しばらくはこの状態が続くそうだ。
広場の中はほぼ全体が水没し、水浸しの空間で座る主のいないカフェテーブルや椅子が静かにひっそりと並んでいるばかりだった。しかし、アクアアルタのシーズンに入ったばかりの季節なので、今日の浸水レベルはほんの僅かということでした。
とは言っても。。。L:長靴をはき童心に返って遊んでいるミセス達がいたよ。 R:こちらの「ナポレオン翼」前はほんの少し未冠水の所があり写真撮影等で楽しんでいる人が見られた。
一方、私はこの辺り(ナポレオン翼南端)で写真を撮りまくっている内に、新政庁側の回廊方面から東方向に行ったツアーグループと離ればなれになり、迷子になってしまった。一時は頭が真っ白に!来る時回廊は人通りが少なかったのに、いつの間にかごった返すほどに混んできていて、必死に人混みをかき分けながらサン・マルコ小広場まで行ったら、サン・マルコ寺院方向へ行く仮設歩道上で渋滞に遭っている同行メンバーが見えてやっと再会できた!フゥー。この時だけは「アクアアルタ」のお陰で幸運だった!!
D-3 時間帯=11時50分 前後
満潮の状態が持続中。この日ここを訪れた人達は、たまたまアクアアルタ(高潮)に出会ったのだが、これを幸か不幸かどちらにとらまえたのか、どちらか分かんないけれどそれを楽しんでいるようにも見える。右側写真の右よりの3人は長靴を履かずに楽しそうに遊んでいた。
L:ナポレオン翼右寄りから見たサン・マルコ広場。遠方には、左から右へ、旧政庁と白い時計塔、サン・マルコ寺院、鐘楼、微かにドゥカーレ宮殿、新政庁が見えます。
R:14世紀に建てられた時計塔の時計。屋上に鐘があり、ムーア人の人形が時を告げてくれる。文字盤は24時間制で刻まれている。真右が0(24)時で時計回りで時針を持つ黒っぽい円盤が回る。現在、写真では分かりずらいけど、XU時少し前を指している(正確な時間は一つ上の段にデジタル時計で表示していた)。黒い円盤には金色の動物絵等が刻まれていた。
「アクアアルタ:高潮(acqua alta)」について;
近年、ベネチアでは10月〜4月にかけてアクアアルタという高潮に襲われます。私達が訪れた10月26日は季節風はなかったけれど、大潮で満潮前1時間というタイミングに出会ってしまい、既にサン・マルコ広場とその周辺の街まで浸水が始まっていた。
これはベネチアの地盤沈下や海面の上昇によるそうです。地下水の吸い上げや、この旅行記の冒頭で紹介したカラマツの木杭により支えられている地盤の沈下(この100年で23cmも沈んだ)に相まって、冬季はアドリア海に西アフリカ方面からの季節風(シロッコ)が吹き込んで海面が上がり高潮が発生するようです。
特に大潮や気圧の変化が大きい時に酷いようですが、このような時に木の杭や基礎の間に溜まっていた海水もアクアアルタの時に湧き出して来ることや地球温暖化による海面の上昇も影響しているのだそうです。
大型アクアアルタ(110cm以上)は80年前頃には年に数回だったのが、2004年にはサン・マルコ広場北側にあるグラン・カフェ・クアドリでは80回も観測されたそうです。
ベネチアがアクアアルタに襲われることを知らず、今回初めて現地で目の当たりにしてびっくりしたのですが、将来地球の温暖化がどんどん進んで行くと、ベネチアの風物詩だけに止まらず、やがては水没してしまうのではないかという危機感すら覚えました。
今回は記事が長くなって肩が凝ったかも? 今後ともよろしくね!



